「面白い発想」を「大正解の発想」に
村井宮城県知事インタビューの”衝撃”
*引用の文中、太字はすべて筆者によるものです。
ことし3月の東日本大震災15年を前にされたインタビューというのですから、旧聞とは言えないまでも、些か薹(とう)の立った話になるかと思いますが、震災関連で私は今年も多くのネット記事を見てゆきながら、村井宮城県知事のこのインタビュー記事を見落としていたのでした。真に迂闊なことでした。ただ、敢えて見逃していたかも、と疑われる事情もなくはなかった。
私にとって村井知事というと、2014年3月に新聞に載った記事で、当時の首相夫人安倍昭恵氏と面会(意見交換)、海の魅力を手放すなど、失うものの大きい防潮堤建設の見直しを求められたのに対し知事は、2度と住民を悲惨な目に遭わせたくないとして話し合いは、平行線に終わった、というのを知り、ハード(土木)偏重、ハード信仰の抜けない方、という印象を強く持っていたのでした。それがことしの夏も終わろうかといった頃になって、2月24日に宮城県庁で行われたという朝日新聞2026年3月5日 19時30分配信のインタビュー記事【まちづくり「予算抑えるべきだった」 宮城・村井知事語る震災15年】と出会って衝撃を受け、その認識は少し変えないといけないと強く感じさせられたのでした。”衝撃”とは、少し大げさ過ぎるのではないかとお叱りを受けそうですが、これからお話しすれば、無理もないと、思っていただけるのではと思います。何と言っても当ブログ「激論 防災意識革命」の主旨が、津波襲来時に大事な財産である家を捨て、リスク(自身の迷い――出遅れや引き返しを始め、倒壊による障害物やクルマ渋滞、想定外の津波高など)の潜む、決して簡単ではない避難を始めるるより、それこそ事前防災・事前避難で海岸に割に近い所にも建てられる耐津波ビルに住んで、命と住居を護れ、という訴えにあるのですから。
このインタビューで知事は、他にもオヤッと思うことを言っておられる。まちづくりは15年前に目標としたものになっているか、という問いに対し、「市町単位で全然違う。当時の首長の考え方が反映されたまちになり、全体としては成功したと言っていいんじゃないか。国民の皆さんのおかげだが、国の力が大きかった」と答えた後で、「(一方で)本来ならば、復興予算をもっと抑えてやるべきだった。これが(今後の復興の)ベースになっちゃうから、できるだけ抑えてできれば、次に災害も税金を使わなくても済む。ものすごくお金を使った。申し訳ないという思いがある。まちづくりは市町に権限があり、画一的にできなかった」
これを、なんだか格好をつけている、ポーズだとお取りになる方もあろうかと思いますが、その当時、何とか巨額の費用の投入をせずにやれないものかと心を砕き、しかし色々やってみたが実現できなかった、残念だ、という悔いを残しておられないと、今になってこういう言葉は出てこない筈。また巨費を使ったとしても、それだけのことがあり、今後の防災、住民の生活に特段に資するものになっていれば、知事もこういう懺悔ともいうべき言葉を吐露されることもないでしょう、或いは土木偏重の限界を感じておられたのかもしれない。これは岩手県の方の話ですが、国に877億円出させて宅地造成(土地区画整理事業)を行って、東京ドーム24個分の宅地を整備しながら、活用率は4割にも充たず、1人当り1.6億円かかった計算になるという呆れるというか、気の遠くなるような事例もあります。

知事が念頭においておられるのは、それ程のひどい整備事案ではないと思われますが、ともかく津波を完全に避けてか、ある程度避けてか、まちづくり(住宅地整備、商店街復興)をしようとすると、各自治体、様々な考えでやるものだからバラバラ、「画一的にできなかった」――非効率な工事になってしまっていたことを、気にされておられるのではないかと推察されます。分り易い話をすれば例えば、安全上好立地で造成も比較的楽なところにまとめて大団地を造るようにしたなら、道路、商店街、公共機関の整備が効率的に出来、工事費を大幅に削減できる。だが、そういうプランがあったとしたところで、各市町に押しつけるわけにはいかず、「結局、小さな集落ごとに土地を新たに造成してまちづくりをしなければならなくなった。」ともかく行政としては、まとまって住めるようにした安心な所に移って貰うことが1番望ましいことなのですが、「涙を流しながら『元の場所に住みたいんだ』と言われたら、高層マンションに住むべきだとは言えない。」となる。
私が衝撃を受けたというのは、この「高層マンション」という言葉、知事の構想と言うか、アイデアです。その前のところで知事は、「免震の高層マンションの下にスーパーや医療モール、保育所などをつくり、近くに小、中学校をつくればすごい安くできたのにと思う。」と述べておられるのです。根本にはコンパクトシティの考えがあろうかと思われますが、まさか土木派と信じ込んでいた村井知事が、私が10年来その普及を訴えつづけている免震でもあり、何より免津波(耐津波)ビルであるアーチシェルターと同じコンセプトなものを提唱しておられるとは!!
被災した多くの地域にあった沿岸の一戸建て。古来、津波にやられつづけたその地の歴史を紐解くまでもなく大変に危険な、その意味ではあってはならない建築であった筈のもの。しかし住民にとってはいつしか年月が重なり被災の記憶も薄れれば、住み心地の良さだけが体に刻まれる。耐津波ビルの普及を訴える者としては、いつ来るか知れない津波から救われる為には、高台移転でなければ高いビルに住むことを理解してもらわなければならないのですが、ハードルは高い。それ以上に政府、自治体の考えというものが、耐津波ビルなどあるはずもない、災害公営住宅だって集合住宅(ビル)であるのに、「そんなビルに、誰が住むか」「作ったところで、空き家が出るだけ」と固定観念の中に留まっておられれば、大変に重圧を感じていたのでした。それを知事はあっさりとクリア―されていた。現実に知事職にある方として信じられない発想だと、私はこの点に一番衝撃をうけたのでした、「知事! マジっすか!?」
知事の発言で「高層マンションの下にスーパーや医療モール、保育所などをつくり」という部分は、「下」と言ってもマンションの外にではなく、下層階にそのような施設を設け、その上にワンルームの住居、あるいは2LDKなり、3DKの部屋を作るというものではないかと推察できるのですが、それは誤解を恐れず申し上げるなら、清水建設がハイブリッド津波避難ビルとしてアーチシェルターを開発、発表する前に、私が全くの素人考えで思いついた「軍艦ビル」に近いモノだったのです。全くお恥ずかしいアイデアだけのビルなのですが、要するに10階建て耐震の、断面が軍艦型をした耐波浪、耐津波のビルで、5階までは防水設計になっており、屋上からの明かりを取り入れて、5階迄の間に、商店街、医院、スーパー、役場出張所等を設け、6階から上を居室、マンションにするというものでした。ただ強度計算も何もないものですから、論外なもの。その点、ゼネコンの開発したアーチシェルターは耐震性能に加え、20m級の津波にも耐えられる安心なものです。ただ、オフィスビルであってマンションではない。しかし、知事の構想されているようなものに設計変更は、決して難しいことではないと思えます。知事は「免震の」としか言われておりませんが、ひょっとして免震にして耐津波のビルがあることを、ご存じないのかもしれない。もしお知りになれば、それは自分の構想にもってこいの、極めて好都合なものだ、と関心を持たれるに違いないと、確信します。「免震の高層マンションの下に」は、きっと「免震・耐津波の高層マンションの下に」となる。

しかしながら災害が発生して復旧を急ぐ段階で、知事の構想を実現しようとすると、被災者は嫌というだろうと危惧しておられ、それを我慢しろとは言えないと述べておられます。しかし事前防災で、「まちづくりをどうすれがいいかを市町村単位でしっかり話し合う。」そうした落ち着いた状況であれば、「ほとんどの方が面白い発想だなと考えられると思う。」とも言っておられるのです。
この上はどうしても村井知事には耐津波ビルの既に日本にあることを知っていただき、復興なって落ち着いた情勢下にある現在、「面白い発想だな」でなく、これぞ津波被害、津波死者根絶の決め手、「大正解の発想」だと住民始め、上から下まで多くの人に認識されるよう動いていただければ、今になっても南海トラフ地震対策の進んでいない日本の防災シーンがガラリと変わってくるものと、確信してやみません。どうかそのような思い切った転換となるよう、ご尽力、よろしくお願い申し上げます。。
