古食記
酷食ファイル2 失敗したうずら卵の悲惨と栄光
古食(コショク)――古い時代の食物・食事を指すのではなく、字の通り、古い、つまり時間の経ったもの、当然、変色・変質、腐敗したりが避けられなくなったものを敢えて食してみる、という全く先が見えない暗闇を行くような、決して人には勧められぬ危険な行為を指す。古食記とは、その命がけの記録に他ならない。
注意:良い子のみなさんは、危ないので絶対に真似をしないでください。
2026年6月29日、――こうして面倒でもいちいち日付を記すのは、賞味期限などとの関係で、一体どれだけの日数が経過していたものか、はっきり知っておく必要があるからである――東京から来た息子を迎えて2日目、私は、今回最後に出す料理として久しぶりに八宝菜を作ろうと始めたのであった。
白菜、キャベツ、豚肉、人参、シイタケとフライパンに投入していき、一通りのものを入れて味付けした後になってうずら卵のことを思い出し、冷蔵庫を開けたのであった。
実は、10年前に東京から戻り、田舎で始めた生活で、私は旧交を温めた故郷の人や、学校時代の友人を集めて、年に3回も4回も飲み会を開くようになっていたのだった。まったくガラパゴス系というか、いまや地方の社会では実に希少なる飲み会好きパーティー好きの性格が露呈してしまった訳であるが、毎度同じようなメニューでも、丁寧を心がければ来てはいただける。それにしても少しはご馳走に見えるものをと考えて出すようになったのが、八宝菜なのであった。それも重なると、ささやかながらグレードアップを図りたいと、これにうずらの卵を加えるべく、買って冷蔵庫にしまっておいたのであった。
しかしパーティー当日になると、大忙しで部屋の準備、サラダや餃子など、他の料理の調理とやって、いざ八宝菜となった時、焦るからか、日ごろの冷蔵庫の整頓がなってないのか、入れた筈のうずらの卵が見つからない! なんてことになって、結局は今回も、なし、でお出しするを繰り返していたのだった。そのうちに、客も1人減り、2人減り、次第に飲み会も開かなくなった現在となっては、もう冷蔵庫にあるかどうかも、わからなくなってしまった。

そしてこの度、2年ぶり清潔好きの息子の来ることが分かって、その時以来また冷蔵庫の中を掃除しようとなった。みな出して、どのくらい経ったものか、カビているとか、もう食べられないと明らかに分るものを始末、その中に、もう紛失? と思っていたうずら卵水煮を発見。見ると、どうもなってなさそうで、そんなわけある筈もないと内心疑いながらも、仕舞っておいたのであった。

さて息子相手に、前には出さなかった得意料理、八宝菜をつくる。いよいよイカ、エビも加えて味付けしたところで、そうだった、きょうこそ、宿願のうずら卵なのだったと思いだし、冷蔵庫を開けたのであった。ボケ老人の微かな記憶として、ポケットに入れたようだったので見ると、あった! よしよし、やっとやっとなのだ。しかし古いものであることは重々承知しているので、1度確認してみようと袋を点検してみると、袋裏にそれはあった。ギクッ! 2021.02.17だ、と。5年余りも前ではないか! さすがに古食家の私にしても、どうしたものかと悩まないでもなかった。しかし料理はほぼ仕上がっており、逡巡している時間はないのだ、少々傷み気味でも加熱すれば中毒することはないだろうと、苦肉の策、いや、安全策を取ることにした。袋から4個だけ取り出して小さいタッパーに入れ、どうかいいことがありますようにと願をかけ、電子レンジ内に送り込む。が、始めてすぐのようにも感じられたのだったが、5秒以上は経っていただろう、パーンという破裂音がして、私は、シマッタ! と自分を呪った。うずらと言えども、卵は卵、レンジにかけたならどうなるかぐらい知っていた筈だったのに! なんとかせねばと、思い詰め過ぎた、痛恨! すぐレンジに駆け寄り、ドアを開けた。レンジ内は、見るも無残な状態を呈していた。白身、黄身、ことごとく粉砕された状態で飛び散り、中の壁にこびりついていたのだった。
これを掃除、と思うと気が遠くなる。後回しにし、もうこうなればと、残して置いた3個をそのまま八宝菜の中に投入。爆発事故にすっかり平常心を喪い、多少は長めに加熱すべきを、我慢が効かずじきに切り上げて皿に盛り、息子の待つ居間のテーブルに持ち込んだ。
よくよく見れば、うずら卵もエビやしいたけ、かまぼことかに伍して、堂々目立つところにあって、本格中華らしい趣を添えている。
思えばここまで長い道のり、爆発事故にもめげず、何年かがかりでようやく念願の、うずら卵入り八宝菜を食卓にのせたのであったが、感慨に浸っているヒマなどない。息子が箸をつける前に先ず自分が問題のもの1個を取りだし試食してみる・・これが、どうもない・・・というか、無味というだけで、判定のしようがない。だが、知らぬが仏の息子、エビ、イカと美味しそうなものから次々食べてゆき、うずら卵も残り全部(2個)を忽ち腹の中へおさめてしまったのであった。ああ、もう・・・・。こうなってはもう、祈るよりない。
当日の中にこちらを発ち、戻っていった息子からはその後特段、病院に行ったとかの報告(苦情か)は来ていない。爆発事故のお蔭で、2個だけになってしまった(立派に安全策になった)ことが、幸いしたものか。
誠に、便りのないのは、良い知らせである。
