追悼? 立憲民主党

こなごなに砕け散るしかない!

立憲民主党と公明党で結成した中道改革連合が惨敗した。圧勝した自民との得票数の比較では、2.15倍程度の差しかないのに、議員数では、316対49と実に6倍を超える開きが生じた。小選挙区制の怖さであり、ちょっとしたことで、大きな差が生じ得ることを現している。

しかし、今回の壊滅的敗北は、ちょっとのことどころではない、欲(組織票)に目がくらんで自分を失う致命的エラーや、ネーミングのまずさ、宣伝戦の工夫のなさなど、幾ら急な解散とはいえ、党内で議論がされなかったのか、何重にも見当違いが重なっていた感が強い。

もともと女性に翻弄された末に誕生した立憲民主党であったが、今回、女性首相の繰り出すバラ色のイメージ旋風に吹っ飛ばされるかっこうで存亡の危機を迎えたとなれば、女難に生まれ、女難に散る運命の党だったのかと、男の一人としては、いささか寂しいものを覚えざるを得ない。

万死に値すると懺悔するまで追い詰められた野田氏。今は夢の民主党政権のしんがりは、その野田首相であった。党首討論で衆院選の一票の格差是正他に協力なら解散、と覚悟を示し、安倍氏がうろたえる場面など、緊迫感に満ちたやり取りは、今も鮮烈である。しかし、民主党支持率低迷の時期での解散は、オウンゴールを与える(230の議席が、57に)結果となり、ここに民主党政権は3年3ケ月で幕を下ろした。野田氏は党代表を辞任、「戦犯」としてこの時の決断を長く責められることになった。しかしこれには消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革を目指したことで党分裂を招き(こわし屋の異名のある人らが出て行った)、政権の人気は低迷、これにつけこまんとする自民の倒閣の動きに三党首会談で法案成立後の解散を約束することでようやく成立にこぎつけた、という経緯があったのだ。 

安倍政権下、挽回を期した2014年の衆院選でも海江田代表が落選するなどして73と、民主党は伸び悩んだ。ここから党勢拡大を合従連衡に頼るあがきが始まる。2016年に維新の党と合流し、民進党となった。そして17年、7月の都議選の結果から、蓮舫氏に代わり、前原代表になったが、9月に小池都知事が解散をにらんで立ちあげた希望の党との合流を画策、しかし小池知事のリベラル派お断りの純化政策に反発した枝野氏らが中心となって立憲民主党を結成した。ドタバタで臨んだ選挙であったが、しかし禍転じて55議席と野党第一党に躍進したのだった。

2017年10月2日立憲民主党結成記者会見 民進党枝野幸男代表代行     
出典YouTubeTHE PAGE(ザ・ページ)

その時の「まっとうな政治」であるとか「暮らしをたてなおす」とかいう訴え(当初からこの党には融通がきかないというのか、アピールする言葉をひねり出す文学的才能が欠如していた)が票を集めたとは到底思われない。やはり、安保法を違憲とし、その追認になる9条改憲に反対、そして「原発ゼロ」というのが、まだ福島原発メルトダウン事故の記憶も生生しい時期でもあり、中間層、知識層の心をつかんだのではないか。小池知事に排除されての立憲民主党の結成は、これらの人々の政治に託する思いの受け皿となった(多くの人が救われた感を持った)ことを忘れてはならない。これこそが立憲民主党の原点・アイデンティ-に他ならず、逆境ともいうべき場面でのこの支持、票の有難みを忘れてはならなかった筈ではないか。 

 勝利した深夜の会見で枝野代表は、次期衆院選では定数の半数を超える候補者を擁立し、立憲民主単独で政権交代を目指す考えを示した。初心ともいうべき思いの吐露。「単独で」という言葉の重み。少々政策は違っていようとお手軽に他とくっついて数を充たそうとするのではなく、立憲の理念に共鳴する力ある新人材を集め、育てていく、そのような回り道を選ぶ覚悟を表明したのではなかったのか。或いはそれは買い被りで、既存の候補者をかき集めてきて擁立すれば、今回みたいに続々当選すると甘くみたのか。

 どうやら、後者であったらしい。自前の議員拡大へ、組織的継続的な新人発掘、獲得が行われた形跡はない。2020年には、希望の党から変わった国民民主党(旧)の一部と合流、改めての立憲民主党(衆参150名)のスタートとなった。引き続き創立者の枝野氏が代表を務めていたが、2021年11月の衆院選で110から96に議席を減らし、辞任、泉健太氏が新代表に就任した。その泉氏も24年9月の代表選で敗れ、野田佳彦氏が新代表となった。

 こうして見てくると、性懲りなく合従連衡で数を増やしたものの、選挙で減らすが起こり、今回それが極まったものであることが分かる。枝野氏の「単独で」を表明の記者会見後は、一言で言えば、立憲民主党は漂流をつづけてきたのであり、いつか結党時の熱気の象徴ともなっていた理念は忘れられ、公明党との合体に際し、あっけなく葬り去られた。楽観ムードも漂う中、新たに船出しながら、羅針盤を喪った船は忽ち沈没の憂き目をみたのだった。

 それでも、今回の中道に投票した人はいた。小池氏にお断りされての立憲民主党立ち上げ時の高揚感が忘れられぬ、比較的高齢な有権者であろう。この選挙結果を受け、私もだが、多くの人は甘すぎた、と思っているのではないか。あの時の理念を捨てた政党に、もはや未来はないことを悟るべきであった。

そういう根強いファンを含め、、平和国家の縛りのあったおかげで、今まで無事に来られたことを忘れ、アメリカとの軍事行動で勇ましい方へと行きたがった安倍氏の後継たちに引きずられたくはない、物価(米価)高騰や円安への危機感を欠き、夫婦別姓の必要性さえ認識できぬ知性の持ち主が国のリーダーという現実に反対したい人は少なくない筈である。

 今後、中道はどうなってゆくのか。まだ存続する道はあるのか。どうしたら真に国の将来を明るくすることのできる政策を確立し、一つの党として、これらの人々の、また若い人の間にも共感を呼び、受け皿となる政党となっていけるのか。

今更自己の理念を言い出せぬ中道改革連合としてやってゆくのも道は塞がれているように思われる。しかし、誤りを認めて衆院で立憲民主党を復活させることも、政策を元に戻すことも国民は認めないであろう。 

全くの苦境である。一体、どういう道が残されているのか。評論家、政治学者、一体誰に聞いたなら、愁眉が開けるような回答を示してくれるのか。……英知の塊のような人なら、どうか。

これほど、どうしたら良いかと相談されて、往生する身の上相談も少ないのではないだろうか。 とても、私など不勉強な者の出る幕ではない。それでも立憲民主党の創設以来、どんな時も再び政権をと願いづづけてきた者として、もう知らない! は言いたくない。なら、荒唐無稽は承知で、まかりまちがってヒントくらいにはなるやもしれぬを願って、恥をさらすことにしよう。

1.すべての元立憲民主党員だった人、議員氏は、この際下手に固まろうとしないで、一度、不満、ジレンマ、いら立ち、苦悩でエネルギーを使い果たした末の、超新星的大爆発で吹っ飛ばされたみたいに、テンデンバラバラ、散り散りになってしまおう。そして、これからでも新しい党を立ち上げて、日本の為、国民の為になろうする人が現れ、党是・政策を掲げて同志を募るなら、これぞ、と共感できる旗の下に集まろう。

2、もし10人でも20人でも集まることのできたグループが現れたなら、それは、有望となろう。そこから、もう決して合従連衡でない、あくまでも自身が大きくなり、成長してゆくことにより党勢拡大を図ってゆく、独立独歩の党としての決して急がぬ、しかし着実な歩みを始めよう。

3,その為には、議員として育ててゆく優秀な人材を獲得すること、組織の一部に常にそういう人物を探る部署を設け、接触し、その人物を知り、スカウトする粘り強い努力を怠らないようにしよう。

4、どんなに優れた政策、国政への姿勢を持とうと、選挙に勝ち、議員として国会に出てゆかなければ始まらない。相手にしなければならないのは、日ごろ新聞を読み、テレビのニュースを観て、常に日本の将来に思いを致す人たちばかりではない。国民の大多数を占める、おじさん、おばさん、若い人たち、噂に動かされ易く、SNSに浸る人たちの取り込みを図らないことには、当選は危うい。それぞれにアピールする言葉をひねり出し、先に挿入した高市氏のポスター、いい手本ではないかもしれないが、党をいつも清新に、力強く見せるイメージ戦略を欠かさないようにしよう。

5, 議員個人はいざ選挙となって、大急ぎで回るのではなく、日程の許す限り日常的に選挙区回りをし、伝手から伝手をたどり、機会をとらえて名を売り、親しみを持たせるように努めよう。

6、一方党としては、地方組織もいつの日か自民党に対抗できるほどに育てあげて行かなければならない。これに限らず時間とお金のかかることであり、先ずは議員を輝かせ、スターに祭り上げるようにして、日ごろからファンクラブのようなものを持ち浄財を集める。また芸能界や作家の集まりなどにも共感者を求め、支援をお願いし、寄付をつのるようにしよう。

以上。志ある方たちの奮闘を願ってやまない。

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